自由で開かれたインド太平洋戦略、インドにとって小さい魅力

地理用語

安倍前総理が提唱し、最も重要なレガシーとして高い評価を受けている、自由で開かれたインド太平洋戦略。アメリカ、日本、オーストラリア、そしてインドのクアッドを基軸に、インド洋と太平洋を跨いだ地域に民主主義・自由貿易圏を形成する狙いの長期戦略だが、インドにはその一翼を担う意思が欠けている。

インドにとって実益は薄い

世界最大の民主主義国家であるインドは、欧米からの期待に反して民主主義的な価値観を国際社会で押し出したことは一度もない。厳格な実利主義のもと、インドはソ連・ロシアと資源・軍事装備の購入元・売却先として長期的な准同盟関係を築いてきた。対象的に、パキスタンを支援していたアメリカへの不信は根強く、外交において協調路線を取ることは見られない。民主主義・法の支配という価値観を通して地域を安定させる、自由で開かれたインド太平洋戦略のレトリックをインド政府は信頼しないだろう。

経済的な部分では、インドにとっての太平洋の重要性はアメリカ・日本・オーストラリアと較べて明確に低い。大部分の食料を自給し、一方で大々的に輸出するほどの余剰食料は無い。社会主義的な政策にて国内製造業の保護を現在まで手厚く行っている製造業は明確に内需主導型の発展を見せている。その結果、インドの貿易依存度は世界の中でも小さく、中国の半分程度に留まる。自給が難しいエネルギーにおいても、原油・ガス輸入先の中東は距離が極めて近く、インドの現有海軍力を持ってして既に輸送路を影響下に保持している。

また、世界最大の経済体であるアメリカとの貿易を行う際も太平洋に依存する必要は無い。アメリカはインドから見てほぼ地球の裏側にあたるため、航路の長さでは西廻りでも大差無い。スエズ運河~地中海を経て大西洋に至るルートと喜望峰を経由して大西洋に至るルートの2つからアメリカにアクセスする選択肢があり、経済的にも採算が取れる。

以上のように、インド太平洋戦略の2本柱は両方ともにインドにとって実益が薄く、魅力が小さい戦略であることがわかる。

際立つデメリット

インド太平洋戦略に参加することで、インドは太平洋、少なくとも東南アジアまでプレゼンスを及ぼせるより大規模な遠洋海軍が必要となる。これは他の3カ国を利することはあれど、インドとしては無用の長物だ。

また、インド太平洋戦略に中国包囲網のニュアンスが入っている以上、否応無しに台湾情勢など元々は関係の無かった紛争リスクにも利害関係者として巻き込まれてしまうおそれがある。引き換えにインドの安全保障にプラスになればまだ検討する価値もあるが、典型的なシーパワー国家であるアメリカ・日本・オーストラリアはインドの中国・パキスタンとの国境紛争を支援する意思も能力も持ち合わせていない。

インド太平洋戦略のデメリットを挙げると、現在のインドの長期戦略、言うなれば日和見的なモンロー主義が如何に国益にフィットしているかがより実感できる。圧倒的な地域大国で、狭い地域内で経済的に完結するインドにとって地理的なプレゼンスで背伸びをすることは、メリットが薄いばかりか、財政と外交において自分の手足を縛る行為になってしまう。

現実的には東南アジアとインドを巡る陣取り合戦になる

上記内容を踏まえると、インド太平洋戦略にインドが加わるかは実利次第。戦略そのものの価値ではなく、経済的な支援や技術供与など、プラスアルファで提供される利益をインドは中国から得られるものと天秤にかけるだろう。インドと日本・オーストラリアに挟まれた東南アジアも同じレトリックでインドと類似・追随した行動を取ることが予想される。

そこまで考えると、インドは必然的に本戦略の成否を握ることになる。中国とアメリカ・日本・オーストラリアの双方から実利を引き出すには日和見主義がやはり最適なのであり、本戦略がインド洋において指針として機能する可能性は薄い。日本としては、インド太平洋戦略の片方のピースであるインド洋が思惑通りにならない前提で、雄大な大戦略の絵図だけに夢中になることなくセカンドオプションを用意するべきだろう。

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